急いで悲鳴が聞こえてきた方へ走る。街中にモンスターが溢れ、人々が襲われている惨状。普通ならモンスターが群れで街を襲うことはまずない。間違いなくグレバムの仕業だろう。
「はぁっ!」
女性に襲いかかるモンスターをリオンが一撃で仕留める。助けられた女性は真っ青だった顔をすぐにほんのり赤く染めてリオンを見つめた。
「あ、ありがとうございました。あ、あの――」
「いいから早く逃げろ!」
そんなのお構いなしにリオンは女性を安全な方へ誘導した。少し残念そうにこちらを見ながら走っていくところからして、あの女性は絶対リオンに一目惚れしたな。わかる。今のリオンめちゃくちゃかっこよかったもんね。この人、私の兄なんですよ!
『今の人、絶対坊ちゃんに惚れましたよ』
シャルも同じことを思ったらしい。剣じゃなくて人間だったらきっとニヤニヤと笑みを浮かべていた事だろう。
「そんな事どうでもいい。それよりも、スタン達と合流するぞ!」
だけど、スタン達は一体どこにいるのか。無暗に探し回るのはしたくない。そこへ、今度はモンスターに襲われている男性を発見。丁度いい、この人に聞いてみるとしますか。
「すみません、金髪のツンツン頭の男性や黒髪ショートで露出の多めな女性を見ませんでしたか?」
モンスターをぶった斬り、男性に尋ねる。男性は目を丸くしながらおずおずと闘技場を指さす。
「そ、それなら先程闘技場で見ました。あの、助けて頂いてありがとうございます。お名前は――」
「そうですか。ありがとうございます!」
笑顔で威圧しながら街の人たちが逃げている方向を指さした。情報をお礼として受け取ったし出会いとか求めていないから早く避難してくれ。男性は私に頭を下げてこの場から離れていった。私もリオンのこと言えないなぁと溜息をつきつつリオンに向き直る。
「闘技場だって。何でそんな所にいるんだろうね」
『坊ちゃんももモテるのに全くその気がないよね』
勿体ないなぁと呟くシャル。リオンにはマリアンという女性がいるから仕方ない。かく言う私はといえば、お付き合いする殿方の理想があったりする。というのも、私は今までリオンについてきて普通の女の子とは違う生き方をしてきた。今更剣を置いて生活することは今のところ全く考えていない。
「私、自分より強い人じゃないとお付き合いできないって思ってるから。まず、そこらの貴族や一般人はお断りかな」
「……いいから闘技場に向かうぞ」
確かに、今は私の理想の男像を語っている場合ではなかった。
※ ※ ※ ※ ※
闘技場でスタン達と、そして何故か一緒に行動していたイレーヌさんと合流した。モンスターを操っていると思われる武装船団がいるとの情報を得て、闘技場のチャンピオンであるコングマンも仲間に加えて船団の頭であったグレバムの部下であるバティスタを捕縛した。グレバムの姿はなく、イレーヌさんの屋敷に戻ってバティスタを尋問。その成果はあまりなく、結局グレバムの居場所は掴めなかった。とりあえずマリーのティアラをバティスタに取り付けて電撃を浴びせて気絶させて――というのが先程までの話。
尋問は翌日に持ち越され、今夜はイレーヌさんの屋敷に泊めてもらうことになった。
「ねぇ、お風呂に入りにいかない? さっきちらっと見てきたんだけど、温泉みたいに広かったのよ」
ルーティが楽しそうにマリーの腕を掴む。
「私は遠慮しておく」
しかしマリーは申し訳なさそうにルーティに断りを入れた。一人でゆっくりしたい派なのかもしれない。
「何よ、付き合い悪いわねー。フィリアとは入るわよね」
「あ、あの……私もちょっと……」
「決まり決まり! さぁ、行くわよ!」
明らかに断ろうとしていたフィリアさんとまだ返事をしていない私の腕をがっしりと掴むルーティ。その力は強く、断らせないという強い意志を感じる。
「まぁ、いっか」
特に断る理由もないし、久々に広いお風呂に入れるのは嬉しい。任務の旅に出てからあまりお風呂に入れる機会がない。入れる時にしっかり汗を流して綺麗にしなくては。
「そうだ。ちょっとスタン……覗くんじゃないわよ」
「だ、誰が覗くか!」
「は借りていくわよ、リオン」
「勝手にしろ」
ルーティの言葉にタジタジのスタンと、付き合いきれないといった様子で腕を組んでいるリオンに手を振り、お風呂へと向かった。フィリアさんはもう諦めたのか、しょんぼりとしている。
各々服を脱ぎ、身体を洗い流してから3人で湯船に浸かる。心地良い温かさにハァーッと息を吐いた。
「、あんたおっさんくさいわよ。それとフィリア! 女同士で恥ずかしがってんじゃないわよ」
「私、人前で肌をさらしたことも他人の肌も見ることがないので……」
私とルーティから少し離れて縮こまるようにしているフィリアさん。神職に就いているとやはり人と一緒にお風呂でコミニュケーションを取るということはないのだろう。と言いつつ私もそんな機会は殆ど無い。だからこそ実はこの状況をちょっと楽しんでいたりするのだけど。
「ルーティは人と一緒にお風呂に入ることが多いの?」
「あたしは、大勢のチビどもと入ってたからね……それよりも」
垣間見えた、ルーティの私生活。大勢のチビという言葉にもしかしてルーティは兄弟姉妹が多い家庭なのかと考えるも、突然ルーティが私の肩に手を置いた。
「ねぇ、。あんた、本当にリオンのこと好きじゃないの?」
「そのお話、私も聞きたかったのです」
まさかの話題になり、フィリアさんも恥ずかしさより興味が勝ったのかスイスイと泳ぐようにこちらに移動してきた。なるほど、ルーティが私をお風呂に誘ったのはこれが目的だったのか。
「えー。前にも言ったけど、リオンには他に好きな人がいるので」
「今はあいつのことはいいのよ。の気持ちはどうなの? って話!」
私の、気持ち。そう言われて考えてみる。
リオンとは、ヒューゴさんに拾われてからずっと一緒だ。ヒューゴさんは父ではあるけれどそれよりも上司といった感じで、リオンが私にとって唯一の家族。世界で一番大切な人。だからこそ幸せになってもらいたい、好きな人と結ばれて欲しい。この気持ちは、恐らく家族としての気持ち。じゃあ、家族としてではなかったらどうだろう?
「……どう、なんだろ。私、リオンのこと好きなのかなぁ。好きだけど、それは家族としてなのか、恋なのか、よくわからない」
「さんは、リオンさんがその想い人の女性に取られてしまっても平気なのですか?」
リオンとマリアンが結ばれることは、私の願い。そのはずだ。今までずっとそう思ってきた。あの時から――。
「……もちろん」
私が頷くと、ルーティが怪訝そうに私の顔を見つめる。
「あのねぇ……あたしにはどう見てもリオンはあんたの事が好きとしか思えないんだけど! あんた達の接し方は兄妹って域を超えてるわ」
「私もそう思います!」
「そう、なの?」
ふたりの圧がすごい。私とリオンにとっては普通のやり取りも他人が見たらそうではない、という事らしい。ふたりはどうしても私とリオンをくっつけたいというのが痛いくらいに伝わってくる。
「ほら、何か思い当たることとか、本当にない? これは妹として見てないんじゃないかっていう出来事とか!」
ルーティに言われて思い返してみる。
「そういえば、今日リオンとデートした……アイスキャンディー屋からこの屋敷に戻るまでの間だけ恋人だって……恋人繋ぎをした!」
確かに、これって、そういうこと、なの?
「ほら、もう確定よ! リオンってばやっぱりのことが好きなのよ!」
――リオンは、マリアンじゃなくて私の事が好き?
その時、昔の記憶がフラッシュバックした。
リオンに喜んでもらいたくて頑張って作ったプリン。それなのに、リオンはマリアンのプリンを美味しそうに食べていた。初めて見た、リオンの顔。あの日のことは忘れない。あの日気づいた気持ちなんて、絶対に外に出してはいけない。メイドたちもリオンが私を好きなんじゃないかって言ってたのに。それなのに。
――美味しいって言われたかった。私がリオンを笑顔にしたかった。
――私、リオンのこと、好きだったんだ。
――でも、リオンが好きなのはマリアンだ。
もう、あの時の気持ちは味わいたくない。期待なんてしない。リオンは私を好きになんてならない。私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない。絶対に。
こんな気持ち、二度と思い出したくなかった。
「お前ら、声が大きいぞ!!」
「あらら、聞こえちゃったー?」
浴室の外からリオンの怒声が響いてきて、ルーティが楽しそうに声をあげて、それを見ていたフィリアさんが慌ててルーティを制止していて。あー、結構大声で話してたもんなーなんて考えてたら一瞬視界が揺れた。
「――――あっつ」
そう呟いた後、何故か身体がふらっと揺れて世界が暗転した。
※ ※ ※ ※ ※
「――あ」
知らない天井。身体を起こして見回すと、イレーヌさんと目が合った。
「ちゃん、気が付いた?」
イレーヌさんがベッドに腰かけてそっと私の身体を支えてくれた。確か、ここはイレーヌさんの寝室だったと思う。ええと私どうしたんだっけ。
「お風呂でのぼせて倒れちゃったの、覚えているかしら?」
「そういえば、そうでした」
恥ずかしさのあまり両手で顔を覆う。私、お風呂でのぼせるなんてみっともなさすぎだ。きっとリオンに後で怒られるんだろうなぁ。みんなにも心配と迷惑をかけてしまったし。うう。
「リオン君が真っ青になっていたわ」
そうだ、リオンは確かあの場にいたんだ。ということは――
「まさか、真っ裸の私をリオンがここに運んでくれたんですか!?」
「流石に真っ裸ではなかったわ。ルーティさんとフィリアさんが湯船から引き揚げてタオルを巻いた後、それから血相を変えたリオン君がちゃんを抱えてきたのよ」
それを聞いて安堵した。裸は見られていないらしい。流石にお互い思春期なのでまずいのではと思ったけれど、ルーティとフィリアさんには深く感謝だ。
「それで。のぼせて倒れた原因は何かしら。体調が悪かったわけでもないのでしょう?」
そりゃあ、理由聞かれちゃうよね。
イレーヌさんはリオンとマリアンの仲がいいことを知っている。それはイレーヌさんに会った時に毎回私がベラベラとリオンのことを話していたからだ。なので、私は今胸に突っかかっている気持ちを正直に吐露することにした。
「私、昔メイドたちにリオンは私のことが好きだって言われて舞い上がってたんです。私もリオンのこと好きになっちゃってたので、嬉しかったんですけど、本当はそうじゃなかった。リオンはマリアンが好きで、私は本当に妹ってだけなんですよ。お風呂でルーティたちにもリオンが私を好きだって言われて、色々考えてたらのぼせちゃってました」
「ちゃん……」
「私たち兄妹の仲がいいだけで、何も知らない外野から唆されそうになったり、もう断ち切れてたと思ってたのにそんなことなかったみたいな私の気持ちも……なんか、なんだろ。これ、つらいですね」
苦笑いをすると、イレーヌさんがそっと私を抱きしめた。ふわっと女性らしい良い香りが鼻を掠める。
「ねぇ、いっそリオン君に気持ちを伝えてみてはどうかしら?」
耳元で囁くように驚きの提案をするイレーヌさんの肩を掴んで、体を引き離す。ぶんぶんと首を横に振って拒否した。
「そ、そんなことできませんよ。リオンは優しいから、きっと私の事選んでくれちゃうと思うんです。マリアンのことが好きなくせに。だから絶対に好きだなんて言いません!」
ただ、家族として妹として大切にしてくれている今だってこんなに幸せなんだもの。これ以上は求めない。期待だって、もうしない。傷つくのが怖いんだ。
「そうなのね……わかったわ。それなら、リオン君の事で私から言えることは何もない。でも、これだけは言わせて。私は、ちゃんに幸せになってもらいたいの。あなたは私にとっても妹みたいで可愛いから」
そう言って私の頭を優しく撫でてくれるイレーヌさん。涙が滲んできてしまい、必死に唇を嚙みしめる。私の周りの人はみんな優しい。ルーティとフィリアさんだって、私の事を考えてリオンとくっつけようとしてくれてたのだろう。そりゃ、少しは面白がっていた所もあるだろうけれど。
「私、リオンの妹じゃなくてイレーヌさんの妹だったらよかったです」
「こらこら、こんな事リオン君に知られたら私は睨まれてしまうわ」
今の発言は失言だった。だけど、あの時私がリオンの妹ではなくイレーヌさんの妹になっていたら、リオンとの関係はどうなっていたのかな――なんて、少し考えてしまう。考えたところで無意味ではあるのだけど。
私は、リオンがマリアンとくっつくまで側にいたい。もしくはこの任務でリオンよりもいい男を見つけてやるのだ、と脳内で拳を握りしめた。
執筆:23年9月12日