ヒューゴさんの娘になって数日が経った。ヒューゴさんはたまにしか家に帰ってこないけれど、私によくしてくれる。メイドさんたちも、中には意地悪な人がいるけれどほとんどの人が親切にしてくれる。しかし、リオンは違った。
 私と顔を合わせても無視! 食事の時に声をかけても無視! 私を空気だとでも思っていやがるのか、こんちくしょう。だんだんとリオンのことが嫌いになっていく私は、リオンなんていなきゃいいのにとさえ思うようになった。
 しかし、ある日の晩。メイドさんたちが話しているのを偶然聞いてしまったのだ。

「リオン様、今日も剣に話しかけていたんですって?」

 剣に、話しかけてた? ぶはっ、何あの子ったら、友達もいないわけ! でしょうね、でしょうね! だってめちゃくちゃ性格悪いもの! あんな奴に友達なんてできるわけがない! わ、私に友達がいないのはまだここに来たばかりだからだし、奴とは違うし!

「家にいれば勉強、外に出れば剣の稽古だもの。寂しいお方なのよ」

「そうね、リオン様はオベロン社の跡取りだし……ヒューゴ様が厳しくなさるのも仕方ないわよね」

 ――なんだよ、そういうことかよ。つまり、リオンはただ捻くれてるだけなのか。

「もしかしたら、ヒューゴ様はリオン様を思って様を養女にしたのかしら?」

「ああ、リオン様が寂しくないようにと?」

 なんだか、メイドさんたちの話を聞いているうちにリオンが可哀想な子に思えてきた。こうしちゃいられない。リオンと仲良くなるために頑張らなきゃ! 明日から本気出す!



※ ※ ※ ※ ※



「リオン! ニンジンちょーだい!」

「――は?」

 翌朝、朝食出されたニンジンをリオンに強請る。ここ数日伊達にリオンと沈黙の食事をしてない。密かにリオンの弱点を知ろうと観察してたんだぜ。その結果、彼はニンジンとピーマンが苦手だということに私は気づいてしまったのだ。

「いいからちょーだい。私、ニンジン好きなの」

 本当は好きってわけじゃない。リオンの苦手なものを食べてあげて仲良くなろうという下心たっぷりの作戦である。

「断る」

 しかし、リオンはものすごく嫌そうな顔をしてニンジンをぱくりと食べてしまった。その後の更に嫌そうな顔といったら……無理して食べなきゃいいのにと思った。

「お兄ちゃんのばかー!」

「言っておくが、僕はお前を妹だなんて認めていないからな!」

「……」

このやろう。

 次の作戦。剣の稽古に付き合ってほしいと誘ってみるものの断られた。更に、一緒にお風呂に入ろうと言っても断られた。もうやだこの人。どうすれば仲良くなれるかわかんないよ。
 途方に暮れていたところ、リオンがぼんやりと飾られている肖像画を見上げているのを見つけた。あれは確か、リオンのお母さんの肖像画だと以前親切なメイドさんがに教えてくれたっけ。リオンが赤ん坊のときに亡くなったと聞いていたけれど、やっぱりお母さんが恋しいんだろうな。

「綺麗な人だよね」

「またお前か」

「またその顔か」

 めっちゃ嫌そうな顔をされた。つらい。しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。もう単刀直入に仲良くしようって伝えるしか方法はないんだ。

「……私さ、記憶がないからお父さんとお母さんがいるのかもわからないの。捨てられたのかもしれないし、亡くなったのかもしれない」

「そうか」

 私の言葉に、リオンが目を細めた。

「でも、今は新しいお父さんとお兄ちゃんができて、嬉しいんだ。だからお兄ちゃんがもう少し仲良くしてくれたら最高なんだけどなぁ」

「――――」

 目に涙をためて、にっこりと笑う。私って演技派。しかしリオンは黙ったまま踵を返し、すたすたと歩いていってしまった。

「……なんて、鬼畜なの」

 泣き落としも通じないとかどういうことなんだ。



※ ※ ※ ※ ※



 万策が尽きた私は部屋に戻って悶々としていた。もうダメかもしれない。このままリオンとは一生仲良くできないのかもしれない。何か、何かないのかと思い、部屋にある本を漁ってみるも難しい本ばかりでまったく理解できない。友達と仲良くする方法が書かれた本なんてあるわけないよね。
 私にわかりそうな本と言えば、この料理の本くらいか。ああ、美味しそうなものばかり、と思っていたらある料理に二重丸の印がついていた。ぷ……りん? メイドの誰かがつけたのかな? 美味しいのかな? このプリンってやつを作って、リオンに食べさせたら仲良くなれるかな? 
 ――よし!!
 早速、私はキッチンを借りてメイドさんに手伝ってもらいながらプリンを作り始めた。牛乳、生クリーム、卵黄、グラニュー糖、バニラエッセンスを混ぜ合わせる。そしてカラメルを作ってそれらをマグカップに入れた。プリン生地は火にかけたので熱く、そのまま冷蔵庫にいれず、少し冷ます。
 その時、メイドさんが戸棚を見て、声を上げた。

「あら、さくらんぼを切らしてるわ。ごめんなさい、急いで買って来ますね」

「あ、はい! ありがとうございます!」

 メイドさんはプリンが冷めたら冷蔵庫に入れるように言って、キッチンを出て行ってしまった。一人になった私は特にやることもなく、使った器材の後片付けを始める。

「リオンと仲良くなれるかなーんふふふふー」

 プリンを渡す瞬間を妄想しながら、私はにやにやと笑ってしまう。きっと誰かに見られていたら引かれているだろうなぁ。
 そんな事を考えていた時だった。

「きゃーーーー! 誰かーーー!!!」

 庭から聞こえた別のメイドの悲鳴。

「え!?」

 私はキッチンからすっとんで庭へ向かう。そして、庭を見て驚愕した。血だらけのリオンと、オロオロしているメイドたち。

「ど、どうしたんですか!?」

「り、リオン様が剣の稽古をしていて、足を……!」

「すまない、指導者である私が剣を滑らせてしまったのだ……ああ、ヒューゴ様になんと申せば!」

 どうやら、剣術の先生が誤ってリオンを傷つけてしまったらしく、リオンの足の傷は深そうだった。どんどん血が流れている。

「リオン……!」

「――くっ」

 私はメイドたちを押しのけてリオンの横にしゃがんだ。そしてリオンの足の傷口を見る。
 早く止血しなければリオンが死んじゃう! 折角できた家族が、いなくなってしまう。そんなの、嫌だ――そう思った瞬間、不思議な声が聞こえてきた。

『剣を……ヒー……』

 誰かが私の頭の中に言葉を直接響かせてくる感じ。不思議な感覚に私は辺りを見回す。だけど、周りにはオロオロしているメイドさんたちしかいない。
 ちょっと、何で誰も止血しようとしないの。
 声の主がわからないまま、私はリオン足元にある剣を取り、その言葉を繰り返す。

「ヒール!」

 私がその言葉を口にした瞬間、リオンの傷口が光った。みるみるうちに塞がっていく傷。それをただ呆然とそれを見ていた私と、目を見開いて私を見ているリオン。そして、メイドたちから拍手が沸きあがると、私とリオンはハッと我に返った。
 それと同時に何やら物凄い疲労感に襲われた。立っているのもやっとなくらいだ。

「お前……今のは……?」

 リオンが私の肩を掴んだ。

「わからないよ……なんか、変な声が聞こえてきたと思ってそれを繰り返したら魔法みたいになって……」

 本当に、わけがわからない。私はいったい、どうしてしまったのだろう。私の答えを聞いたリオンが剣に触れる。それをまじまじと見つめて、呟いた。

「こいつにも、資質があるのか?」

 ――資質?
 リオンの口からそんな言葉が出てきて、私は首を傾げた。

『坊ちゃん、彼女には資質があるみたいです。僕の声が聞こえていたから術を使えたんです!』

 リオンの剣からそんな声が聞こえてきた。私はギョッとして悲鳴を上げる。

「え……な、何? 剣が、喋ってる」

 私の言葉を聞いたリオンやメイドたちが私を凝視した。リオンが、信じられないといった表情でその剣を私に差し出した。

『やっぱり! 坊っちゃん!』

 いやあああちょっと待って、それ? 本当にその剣が喋ったの!? 何で……普通剣は喋らないし!

「お前、本当にシャルティエの声が聞こえるのか!?」

、今僕の声が聞こえる?』

 頭に直接流れ込んでくるかのような、シャルティエの声。少しおどけたような、そんな楽しそうな声だった。さっきはよく聞こえなかったけれど、今はちゃんとはっきり聞こえる。嘘、でしょう? 剣が、剣が喋っているだなんて信じられない。

「うん……聞こえるよ……はっきりと」

 リオンはじっと私の顔を見て、シャルティエをしまった。

「そうか。お前にはソーディアンマスターの資質があるのだな。それに、先程僕の怪我を治すのに使ったのは晶術だ。僕だってまだ使いこなせていないというのに――」

 リオンは難しそうな顔をした。
 ソーディアンマスター? それに、晶術っていったい何なんだろう。シャルティエの声が聞こえたから、縋るように必死だったから何が何だか自分でもよくわからない。
 ふと、リオンの怪我のことを思い出し、私は慌ててリオンの足に触れた。

「あの、それよりも……足の怪我は?」

「あ、ああ……この通りだ」

 リオンが足を出して見せる。そこには傷なんて最初からなかったかのように綺麗だった。

「はぁ、よかった!」

 ほっと安心して、私はにへらっと笑う。すると、私の身体は緊張の糸が切れたかのように崩れ落ちた。リオンが咄嗟に私の身体を支えてくれたので、地面に激突することはなかった。

「どうして――」

「え?」

「何故僕を助けたんだ? 放っておけばよかったじゃないか。僕はお前に冷たくしたのに」

 リオンが目を細めながら私を見て、声を震わせる。私はそんなリオンを見て不敵に笑ってやった。

「だって、リオンは私の家族だもん。折角家族ができたのだから、大切にしたいの。もう、一人は寂しいから」

 私がにっと笑うとリオンはきょとんとしてしまった。次第に目が潤んでいくのを私は見逃さなかった。

「――家族、か」

「えへへ、そうだよ、お兄ちゃん」

「リオンでいい。お兄ちゃんなんて呼ばれたくない」

 ――あ。リオンが笑った。
 初めて笑った顔を見せてくれた。それが見れて、私は嬉しくなった。嫌な奴だって思ってたけれど、近づいてみたら、すごくいい奴じゃないか。

「リオンが笑った顔、可愛い」

「な……やめろ……!」

 リオンの顔は一瞬で赤く染まった。いつも大人ぶってるリオンが、今は年相応に見えた気がした。だいぶ身体も楽になってきたので、私はリオンの腕から離れる。

「改めてよろしくね、リオン」

 微笑みながら手を差し出す。今度は握手してほしい――そう願いながら。

「ああ」

 今度は私の手を取ってくれた。そして、がっちりと握手を交わす。




執筆:03年3月16日
修正:13年9月14日