リオンに妹と認めてもらえるようになって数ヶ月が経った頃のことだった。このヒューゴ邸で新しくメイドを雇うという話を聞いた。

「何でも、今度農家の娘さんが奉公にくるらしいのよ」

「しかも、かなりの美人さんだそうよ」

「へぇー、そうなんですか」

 メイドさんたちに混じって優雅なティータイムを楽しむ。ヒューゴさんの娘とは言えど、私はリオン程忙しくなく剣の修行くらいしかヒューゴさんに課せられていない為、まったりとする時間が多かった。
 今日のお菓子はプリン。リオンはあの時「まずい」って言いながらも全部食べてくれたけど、私はショックだった。絶対に「美味い」って言わせてやりたくて、あの日から私はプリンばかりを作っている。だけどメイドさんたちには評判がよく、飽きもせずに食べてくれる。皆さんの優しさが目に染みる。しかし、肝心のリオンには一度も「美味しい」って言われたことがない。作れば食べてはくれるものの……。くっそー。明日からは材料もこだわってみようかな。

様、もしかしてその新しいメイドにリオン様を取られてしまったりしてね」

「――え?」

 突然若いメイドさんが目を輝かせながら両手を組んで、うっとりとし始めた。

「だって、様はリオン様のことをとても大切にしてらっしゃるじゃないですか! それってつまり、そういうことなんじゃありませんか!?」

「はい?」

 私がきょとんとしていると、その横でメイド長さんが、ヒートアップする若いメイドさんに向かって反論する。

「バカねぇ。リオン様と様は血が繋がっていないとはいえ、兄妹なのよ! そんなわけ――」

「でも、わたし昨日買出しのときに聞きましたよ! 様が、リオン様の悪口を言っていた貴族のご子息をけちょんけちょんにしたと! 様は本当にリオン様のことを愛していらっしゃるのだと思いました!」

 ちょっと待って、その話は一体誰に聞いたんだ。悪い噂が立つからと、闇の力で揉み消された案件のはずだ。いや、それよりも――

「いやいやいやいや。私がリオンに抱いているのは恋慕の情ではなく、家族としての愛情ですよ!」

 確かに、リオンの悪口を言っている愚者がいたから懲らしめてあげたけど、それは家族がバカにされたからイラっとしただけであって、好きとか愛してるとかそういうものではなく。

「えー、そうなんですか?」

 何故か残念そうに口を尖らせる若いメイドさんに、私とメイド長はため息をついた。

! こんなところで何をしている!」

「あ……リオン」

 そこへ、何故か不機嫌なリオンが部屋に入ってきた。メイドさんたちは慌てて席を立ち、それぞれの仕事を始めた。

「お前はいつまで遊び惚けている! とっくに剣の稽古の時間は過ぎているぞ!」

 そう言われて時計を見れば、約束の時間まであと5分だった。ええー……まだ過ぎてないのに何でこんなに怒ってるの? しかし、反論したらしたでまた不機嫌になっちゃうから、ここは大人しく謝っておこう。

「ごめんなさい。メイドさんたちとお話するのが楽しくて時間を忘れてた」

「まったく……! 剣術大会も近いというのにお前ときたら」

「大丈夫! リオンなら絶対優勝できるよ!」

「お前も参加するのだろう!」

「……まぁ、そうだけどリオンがいる限り絶対に優勝出来ないし」

 リオンを守れるくらいに強くなりたいとは思う。だけど今の私の腕ではリオンには到底叶わない。だから今度出場する剣術大会っだって、当然リオンが優勝なんだ。

「弱いなら弱いなりに強くなろうと努力するのが当たり前だろう。お前が僕より弱いなんて、当たり前じゃないか」

『坊っちゃん、につらくあたりすぎじゃ――』

「うるさい、シャル!」

 その日のリオンは何故か終日機嫌が悪かった。



※ ※ ※ ※ ※



 数日後、メイドさんのお手伝いでお使いに行って帰ってくると噂の新しいメイドさんが来ていた。長い黒髪にぱっちり大きな瞳。どこかで見たことのあるような――

「マリアン・フュステルです。今日からお仕えすることになりました。よろしくお願いします」

です。よろしくお願いします!」

 簡単に挨拶を済ませ、マリアンさんと別れてリオンに会いに行く。リオンはお母様の肖像画の前でぼんやりとしていた。

「リオン、ここにいたんだ?」

「……他人の空似とは、あるんだな」

 ふと、肖像画を見上げる。ああそうか、マリアンさんはこの肖像画のお母様に似ていたんだ。リオンはお母様の肖像画を見た後、窓から見える庭先で別のメイドさんと挨拶を交わしているマリアンさんをじっと見つめた。

 ――マリアンさんはリオンのお母様と似ている。だからなのだろうか、リオンは、マリアンさんに対して最初は他のメイドと同じように接していたのに、ある日からマリアンさんだけを特別に扱うようになっていた。
 二人の間に何があったかは知らないけど、メイドさんたちの話では、マリアンさんがヒューゴさんに剣術大会を見に来るよう進言したり、何かとリオンに世話を焼いていたそうだ。普段からメイドさんたちを粗雑に扱うリオンがようやく人に対して優しくなれたんだなって、私はリオンの成長を喜んだ。
 しかし、私がいつものようにプリンを作ろうとキッチンに向かうと、マリアンさんとリオンがいた。何故か、私は二人に見つかる前に身を隠した。

「美味しい……」

「ふふ、ありがとうございます、リオン様。この本のレシピに載っていたのですが、印がついていたので作ってみたんです」

 マリアンさんが作って、リオンが食べているそれはプリンだった。リオンは、私が作ったプリンをまずいって言ったのに、マリアンさんの作ったプリンはあんなに美味しそうに食べてる。それを見ていたら自然と涙が溢れて来た。
 その日から、私はプリンを作るのをやめた。




執筆:03年1月13日
修正:13年10月13日