セインガルド王国の首都ダリルシェイド。その中にある大きな屋敷、ヒューゴ邸の中庭で私とリオンは剣を交えていた。

「リオン! 今日は負けないから!」

 剣を構えた直した私はリオンを睨みつけながら言った。

「お前がこの僕に勝てるわけ無いだろう」

 フン、と鼻で笑うリオン。そんな彼は若干16歳でセインガルドの客員剣士であり、じき七将軍の最有力候補とも言われていた。そして私はリオンの右腕といった感じでいつもリオンにくっついている、いわばパートナー。
 ――悪く言えば金魚のフン。
 とにかく、私たち兄妹はセインガルド内では有名であり、結構名も知れている。ただ、私とリオンが本当の兄妹ではないことは一部の人間しか知らない事だ。ちなみに、私たちがヒューゴさんの子供であることは世間では内緒にしている。
 今日は任務がないため、私とリオンは剣の稽古をしていたのだが……正直全く勝てる気配がない。というか、今までに一度もリオンに勝ったことが無かった。

「きょ、今日こそ勝つし!」

 タンっと軽快に地を蹴り、リオン目掛けて長剣を振るった。しかしリオンには軽やかに避けられてしまい、私は長剣の重さのせいかバランスを崩して転んだ。

「あだっ! めっちゃ痛いんですけどー!!」

「だから勝てるわけ無いと言っただろう。ほら、立てるか?」

 にへら、と笑った私はリオンの差し出した手に掴まり、立ち上がった。溜息をつくリオンではあったが、顔は笑っている。

「ね、お願いもう一回! だって、私も前より強くなったんだよ? たぶん、絶対」

「やめておけ。本当に怪我するぞ。休憩だ」

 リオンに愛用の剣を取り上げられて、私はぷくーっと頬を膨らませた。何度やってもリオンに勝てない。でも私はいつかリオンを越え、リオンを守る存在になる――それが幼い頃からの目標だ。リオンは私にとってたった一人のかけがえのない存在。幼い頃から私とリオンはお互いを支えあってきた。まぁ、最初は仲が悪かったけれど色々あったしね。
 私は邸内に入っていくリオンを見つめ、ぎゅっと拳を握る。しばらくしてリオンが振り返り、後をついてこない私を見て深いため息をついて戻ってきた。

「何をしている。そんなに勝てないことが悔しいのか」

 微笑みながら、リオンが私の手を引いた。うーん、それが困るんだよね。

「そりゃあ悔しいけど……でも、今は幸せかなぁ。お兄様優しいし」

 リオンに握られている右手を見てニッと笑う。リオンはそれに気づいたのか、顔を赤くてして手を離してしまった。

「あら、リオン様と様。休憩ですか?」

 廊下で掃除をしていたメイドのマリアンが、リオンと私を見て優しく微笑んでくれた。

「ああ。が弱すぎて相手にならないんだ」

「ちょ、リオンってば酷い! 私が弱いんじゃなくてリオンが強すぎるだけだって!」

 リオンが意地悪く笑って、マリアンが苦笑する。
 そして、私は知っている。リオンはマリアンのことが好きだということ。最初は気のせいなんじゃないかって思った。だけど、私も知らない、マリアンの前だけで見せる優しい表情とか、言動とか。それを思うと、リオンにとってマリアンはやっぱり特別な存在なんだなって改めて認識させられる。それに――

「マリアン、今は僕たちしかここにいないんだ」

「はいはい、エミリオ。3人の時は、堅苦しくしない――という約束ね」

 エミリオという、リオンの本当の名前だって知っている。私がエミリオの名を知ったのは、マリアンよりも後だったのだから、それが悔しくて、マリアンに度々嫉妬してしまうこともあった。

「あら? 、怪我をしているわ」

 突如、マリアンが私の前で屈んだ。マリアンの視線のを追うと、私の膝にはかすり傷が出来ていた。いつの間にできたんだろう、転んだ時にでもやっちゃったのかな。

「本当だ! あー、ツバでもつけておけば治るって! 大丈夫大丈夫!」

 私はサムズアップしてみせて、ウインクしてみせる。
 大好きなリオンを取られている気がして、私は昔からマリアンに一線を画してしまっていた。きっと、それはマリアンも気づいているのだろう。それでも彼女は気丈に振舞って、いつもリオンと分け隔てなく私に接してくれる。そんなステキすぎる彼女の前だから、私は自分の心の狭さとか醜さがわかってしまって悔しいんだ。
 ああ、くっそ……私ってばなんて子供なんだろう。

「おい。ちゃんと手当てをしてもらえ」

 リオンが私を睨みつけた。それはつまり、マリアンの好意を無駄にするなっていうこと――なのかな。

「はぁ、わかったよ。過保護め!」

「僕はお前が大事だから小うるさく言っているんだ。ありがたく思え」

「わー、飴なんだか鞭なんだかよくわからなーい」

 リオンの後ろで、マリアンが楽しそうにクスクス笑う。私はなんとなく安心して、ニッと笑った。

「エミリオ、消毒するから痛がるが暴れないようにしっかりと抑えていて頂戴」

「わかった、マリアン」

「ちょ、負傷した猛獣みたいな扱いしないで!?」

 リオンが私を羽交い絞めにすると、マリアンが消毒を始める。消毒液が傷口に染みて、私は悲鳴を上げながら暴れようとしたが、リオンがしっかりと抑えていたので我慢するしかなかった。

「待って、シャルを借りてヒールした方が痛くないんじゃない!?」

「だーめ。私がいる時は手当てをさせて。ちゃんと痛みを覚えないと何回でも怪我するでしょう?」

マリアンは子供にしつけをするように私の頭をポンと軽く叩いた。



執筆:03年12月
修正:13年10月15日