私たちはダリルシェイドに帰還し、捕縛したスタン達をセインガルド城の地下牢に投獄した。リオンの命令で、何故か私が彼らの見張り役になってしまったわけだが。
先ほどからずっと鉄格子の向こうのスタンに見られている気がする。いや、気がするのではない。見られている。しかもただ視線を感じるのではない――熱視線だ。
彼らの武器は取り上げているから危険はないはずだけど、警戒を怠らずに話しかけてみる。
「あのー、いくら私のことを見てたって出してあげられないよー?」
ため息をつきながら腰に手を当て、スタンを見る。目で「出して」と訴えられたって、私にはどうすることもできませーん。
「なぁ……君、どこかで会ったことないか?」
「はぁ?」
いきなりおかしなことを言われ、私は目を丸くした。何だその一昔前のナンパみたいな台詞――いやっ、もしかしてナンパなの!?
「ちょっとスタン! あんた何敵をナンパしてんのよ!」
どうやらナンパと思ったのは私だけではなかったらしい。ルーティがスタンを鋭く睨み、スタンは「え!? え!?」と慌てだした。
そうだよね、そうだよね、今の絶対ナンパだよね! どうしよう、ナンパなんて初めてされたよ……ドキドキ。いや、もしかしたらナンパではなくて彼は前世での私の恋人だったとか!? 彼は私を覚えていて、それで、それで、いやまさかそんな。
「わ、私と貴方が会うのはこれが初めてだよ! ぜ、前世ではどうだか知らないけど……どうしよう、もしかしたら、もしかするのかなっ?」
「何をわけのわからないことを言っているんだお前は」
頬を両手で覆いながら腰をくねらせていると、いつのまにここに来たのか、リオンが私の後頭部を叩いた。バシっといい音と私の「いだっ」という情けない声が牢屋内に木霊する。
「お前たち、出ろ。王がお待ちだ」
リオンの言葉に、先ほどまで私とスタンのやり取りを見て笑いをこらえていた看守たちが鉄格子の扉を開いた。
※ ※ ※ ※ ※
謁見の間にはセインガルド王、七将軍のドライデン様、ヒューゴさんがいらっしゃる。スタンたちは両手を縄で拘束されながら玉座の前に膝をつかされた。私とリオンも膝をつき、王に頭を下げる。
王もヒューゴ様も、罪人を謁見させるなんてどういうつもりなのだろう。ソーディアンと何か関係があるのだろうか。
「リオン、よ。ご苦労だった。後ろの罪人たちも含めて急ぎ伝えねばならないことがあってな。ヒューゴよ」
王に指名され、近くに控えていたヒューゴさんが前へ出る。
「アタモニ神を祭るストレイライズ神殿との連絡が途絶えたのだ。かの地には国家機密に孕む重大なものが安置されている為、何かあったのなら早急に対処しなければならない」
ストレイライズ神殿と聞いて、私は息を飲んだ。神殿には知り合いがいる。もし神殿に何かあったのなら、彼女は今どうしているのか。だけどここで私が取り乱すわけにはいかない。冷静にならなければならない。
「それが、あたしたちにどう関係するって言うのよ」
私がグッとこらえている中、追い打ちをかけるようなルーティの態度にひやっとしたが、王は眉間に皺を寄せただけで、ヒューゴさんは動じていない。それどころか何もなかったかのように話を続けていく。
「もし仮に、アレが関係しているのだとしたら、この件にはソーディアンの力がどうしても必要でね。君たちには神殿の安否を確認してもらい、事が起きていたのなら対処してほしい。そう、神の眼に何かあれば――」
最後まで言葉にすることなく目を細めたヒューゴさん。
私も神殿に何があるのかは知らないけれど、その神の眼というものはとてもヤバそうなものだということはわかる。ソーディアンが必要とされるくらいなのだから。
「あたしたちがソーディアンマスターと知った上での取引というわけね」
ルーティが怪訝な顔でヒューゴさんを仰ぐと、ヒューゴさんは「そういうことだ」と頷いた。
「あの」
それまで大人しく黙っていたスタンが声を上げる。
「もし成功したなら、兵士になりたいんです!」
私は絶望した。いやいやいや。罪人でありながら、こんな時にこんな場所でこんな状況で志願するなんて狂っているとしか思えないんだけど。ルーティといいスタンといい、ある意味大物すぎる。
隣のリオンをちらっと見れば、ゴミを見るような目でスタンを見ている。怖い。
だが、スタンの無礼な申し入れにも関わらず王はしばらくの沈黙の後、大きく頷いた。
「……あいわかった。この任務を全うすることが出来た暁には、仕官の件考えてやろう」
「ありがとうございます! 俺、頑張ります!」
王の懐の大きさに感謝しかない。普通ならその場で首を刎ねられてもおかしくない事案だったのだから。
けど、それほどまでに今回の件はソーディアンとソーディアンマスターを必要としているのだろう。
「スタン、あんたねぇ……」
ルーティはスタンに対して呆れているが、ルーティも人の事を言える立場ではないのでは――と思ったが黙っているしかない。
「さて、他の二人は引受けて頂けるかな?」
ヒューゴさんが問いかける。
「お断りだわ。大体、あんた一体何者なのよ!」
王の御前でのルーティの粗暴な態度を見かねたリオンが私の腕を小突いた。
――なんとかしろ。リオンの視線がそう語っている。まったく、私が下っ端とはいえ人使いが荒いんだから。
小さくため息をついて、ルーティを制しようと歩み寄る。そして、こっとりと耳打ちをした。
「ルーティ、謹んで。ヒューゴ・ジルクリスト様はオベロン社総帥で、王の相談役も担っているお方なの」
「オベロン社、ですって……!?」
世界で一番の会社の名前を聞いたルーティの動きが一瞬止まった。レンズハンターであり、強欲の魔女との異名を持つ彼女が反応するのは至極当然だと思える。
そして、それを見逃さなかったヒューゴさんは――
「成功した暁には、報酬を出そう。20万ガルドでどうだね、威勢の良いお嬢さん」
と、口角を上げた。すると、ルーティは目を輝かせながらぐっと両手を握りしめる。
「も、もう一声!」
それってー! 今する話ではないでしょお!? こんな場所で商談するなんて、肝が据わっているというか、なんというか。
これ以上好き勝手にされてしまったら私の立場が危うくなるかもしれないし、後でリオンにどやされてしまう。ここは流れを変えなければなるまい。それに、今はストレイライズ神殿のことが心配だ。ああもう、胃がキリキリする。
「えっと、成功報酬についてはまた後程機会を設けて話し合いましょう?」
引き攣らせた笑顔をルーティに向けると、ルーティは一瞬ビクリと体を震わせた。
「わ……わかったわよ」
口を尖らせながらルーティは大人しく引き下がってくれた。
さて、残りあと一人なわけだが……今度はどんな無礼を働かれ、どんな条件を出されるのかと思うと気が重い。
「マリー、あなたはどう?」
そう訊ねてみると、マリーはニッコリ素敵な笑顔で答えてくれた。
「私はルーティについて行くだけだ。ルーティが引き受けるのなら、引き受けよう」
――天使かな?
私はこの中でマリーが一番常識人なのだと認識した瞬間だった。
執筆:04年2月
修正:20年11月22日