ヒューゴ邸にて任務の概要説明とソーディアンとマリーの武器の返却後にスタン達が客室に通された後、部屋に残った私とリオンはお互いに顔を見て苦笑した。
ストレイライズ神殿にはリオンと私も同行することになっている。
スタンたちは罪人という扱いなのでレイノルズ博士考案の発信機機能搭載のちょっとしたおしおきができる電撃ティアラを添えて。
「やれやれ、まさかこんなことになるとはな」
「まぁまぁ。スタンたちもそこまで悪い人じゃないみたいだし、これから楽しくやろうよ!」
「気が重い」
リオンは心底うんざりした様子で、ガックリと肩を落とした。確かに、スタン達――特にルーティはリオンの苦手そうなタイプではあるけれど、私はなかなか仲良くやっていけそうだ。それならば、私がリオンのクッションになって彼らとの関係を良くしていかなくては。
握りこぶしを作りながら鼻息を荒くしていると、リオンに変な目で見られていることに気が付いた。その目やめて。
そんな時、コンコンと扉をノックする音が響く。
「失礼します」
部屋に入ってきたのはマリアンだった。手には淹れ直したお茶を乗せた盆を片手で持っていて、不安定になっている。私は咄嗟に扉を開けてマリアンを通した。お茶の香りがほのかに漂ってくる。マリアンはにこりと私に微笑み、軽く会釈をしてくれた。
「マリアン」
マリアンの顔を見て、リオンの表情が柔らかくなる。それを見てほんの少しだけ胸が痛くなったけれど、ぐっと堪えた私を誰か褒めてほしい。
「お勤め頑張ってね、エミリオ。も。でもあまり無茶はダメよ?」
「……わかってる」
「はーい! 私はリオンが無茶をしないように見張ってるね!」
「ふふっ、エミリオよりもの方が無茶をしそうで私は心配だわ」
「全くだな」
「ほあ!?」
マリアンが微笑むと、つられてリオンも微笑む。あらやだ、リオンってばすごく幸せそうな顔をしちゃって。
明日からはしばらく会えなくなってしまうし、私はリオンの邪魔にならないように退散しますかね。今日はこれ以上特に何もすることはないし、さっさと寝よ。そうしよう。私は淹れてもらったお茶をぐいっと飲み干し、一直線に扉へと向かう。
「?」
私が部屋を出ようとすると、リオンが私を引き止めた。おいおい何故引き留める、もう用はないでしょう? 幸せな時間を過ごしたいでしょう? 何故、どうして私の手を掴んだリオン。私にはわからないです。
リオンに掴まれる腕が、なんだか、そこだけ熱が篭るように熱く感じられた。
「なぁに?」
「何処へ行くんだ?」
「そろそろ寝ようと思って部屋に行こうとしただけだよ?」
私はリオンの手を振り払うと再び扉に向かって歩き出す。ちらりと、リオン越しにマリアンの顔を見れば――困った表情だ。多分、マリアンは自分がここに来たことで私が部屋を出ていこうとしてるって、わかってるんだろうな。
リオンは振り払われた手を上げて再び私を掴もうとする。
「折角マリアンがお茶を淹れてくれたじゃないか」
私はそれを避けて右手をひらひらと振ると左手で口元を抑えてあくびした。あくびとは不思議なもので大口をあければ自然と出てくれるものである。
「可愛い妹と離れるのが寂しいのはわかるんだけど、もうお茶はしっかりと頂いたのだよ。マリアン、美味しいお茶をご馳走様。では、少し早いですがおやすみなさい」
「おいっ!」
リオンの声を背中で受け止めて私は部屋を出た。部屋を出た私は自室に向かいながら小声で呟く。
「――これで、いいんだよね」
本当はマリアンと二人きりになりたいくせに私を引きとめようとしたリオンも、リオンと一緒にいたいのに意地を張っちゃう私もバカだなぁ。あーあ、目が冴えてて寝れる気がしないや。少し夜風にあたって頭を冷やしてこよう。
※ ※ ※ ※ ※
リオンたちにああ言ってしまった手前、堂々とその辺をうろつくわけにもいかず、こっそりと外に出た私は庭にある芝生の上に寝転がりながらため息をついた。風が涼しくて気持ちいい。空も晴れてるから月がよく見えけど私の心の中はどんより曇っている。
リオンは昔からマリアンのことを好きだって知ってるけど、リオンは私にとって一番大切な人だ。血の繋がりはないけれど、たった一人の家族なんだ。だから、リオンを取られてしまうのは本当に心苦しい。それが、誰であろうと――。
でも、リオンには幸せになってもらいたい。だから二人がいい感じになれるように協力する。本心と行動が逆で本当に困る。
「……はぁーあ」
「?」
上から声が聞こえた。そしてその声の主は私の隣に腰掛けて、にっこりと笑った。
「あ、スタン。いいのかなー? 部屋を出ちゃって。リオンに見つかったら怒られちゃうんだからね?」
まぁ、それは私にも言えることなんだけどね!
スタンは困ったように笑った後、優しく微笑んだ。
「が外に行くのが見えたから、ついてきたんだ」
「……おっと、ストーカー行為を自白しちまいましたよこの人」
「違うって! ただ、話がしたかっただけだよ!!」
私が怪訝な目を向けると、スタンは必死に首を横に振った。長い金髪がばっさばっさ揺れる。
「冗談だって。私も、明日から一緒に行動する皆のことを知りたかったしこういう機会はとてもありがたいよ。さて、早速質問なんだけど、どうしてスタンはレンズハンターになったの?」
私が何気なく訊ねるとスタンは力なくため息をついた。
「お、俺はなりたくてレンズハンターになってたわけじゃないよ。ルーティに唆されたんだよ。本当はセインガルドの兵士になりたくて志願しにきたのに……」
「あらら、そうだったの。でも一般の兵士は薄給だし危険だよ? いいことないよ? 大国の兵士という職業にただ憧れを抱いているだけならやめておくことをお勧めするなぁ。それとも、どうしてもセインガルドに仕えたい理由とかあったりするのかな?」
スタンは「う~ん」と唸って、恥ずかしそうに答えた。
「俺のじいちゃんが昔セインガルドに仕えてたってこともあるんだけど……昔、俺が13のときに村がモンスターに襲われかけたんだ。俺はそれをいち早く見つけて退治しようとして、そこまではよかったんだけど、あの時は俺も幼かったし、戦闘経験も全然無くて――」
「よく子供ながらに戦おうと思ったよね、勇敢というか無謀というか……」
「はは、無鉄砲だったよな。やっぱ、俺はモンスターにやられた。後悔したよ。大人達を呼べばよかったって」
スタンは星空を見上げて苦笑する。
村の子供が果敢にモンスターに立ち向かっていくのはあまりいいことではない。それは自殺行為に等しい。
「でも、今スタンは生きてるね」
「うん。そこに女の子が飛び込んできてさ。まだ俺より小さいのに……やっつけちゃったんだ、そのモンスターを一人で」
女の子が一人で。そんなにすごい子がいるんだね、世の中には。
「うわっ、すごい女の子もいたものだ」
「そうなんだ。それで……一目惚れっていうのかな。でもその子は村の子じゃなかった。旅をしていてたまたま通りかかったんだと思う。後から村の人から聞いたんだけど、その子は両親と一緒に旅してたらしいんだ」
「その子とはそれっきり?」
「うん、それっきり。俺、その子に助けてもらったのにきちんとお礼が言えなかったんだ。だから、お礼を言う為にその子を捜したい。セインガルドの兵士になれば情報もいろいろ入ってくるだろうから捜せるかと思って」
「へぇ、ロマンチックなお話だ。見つかるといいね。私もそれらしい情報を得たらスタンに伝えるよ」
「ありがとう、」
ぜひ私もお手合わせしてみたいなんて思っちゃったり。
スタンはちらっと私を見ると恥ずかしそうに頭を掻いた。
「実は……がその女の子に似てる気がするんだ」
スタンの言葉に、私は目を丸くした。
「え……?」
それは、どういう意味なんだろう。容姿が? 性格が? それとも、雰囲気?
「彼女が生きていれば丁度くらいの年だからさ。ハーメンツの村で初めてを見た時は驚いたよ」
「――ごめん、それはないと思うんだ。私は親に捨てられてたところをヒューゴさんに拾われてね。それに、モンスターを一人で倒すほど強くは無かったし、スタンのような男の子に会ったことはないよ」
確かに、ヒューゴさんに出会う前の記憶はない。もしかしたらその少女が私だという可能性はある。だけど、私がモンスターを一人で倒せるとは思えないし、仮に少女の正体が私だったとしても、記憶のない私にお礼を言われても困るし、スタンもきっとやりきれないと思う。
だから、敢えて否定をする――。
「そうだよな! ごめん、変な事言って」
「いやいや、気にしないで! こちらこそ私がスタンの恋焦がれる女性でなくて申し訳ない」
「えっ!? いや、その……、俺は……!!」
スタンっていいなぁ。なんだか純情で素朴で。反応が新鮮だ。それに比べてリオンはちょっとからかえばすぐに怒って頬引っ張ってくるし酷いときにはシャルの柄でぶん殴ってくるし。ま、でもリオンは強くてカッコイイ私の自慢のお兄様だけどね!!
「頑張って探そうね。きっと見つかるよ」
「――ありがとう」
スタンはにっこりと笑った。
執筆:04年2月?
修正:20年11月22日