美風先輩と和解してから、私は以前よりも積極的に歌うようになった。
相変わらず美風先輩の指導は厳しいけれど、それは私のことを思ってだから…頑張れる。
それでもやっぱり美風先輩に苦手意識を持っていてそれは簡単に払拭できないけれど。
翔ちゃんたちも、部活に戻ってきて美風先輩と普通に接する私を見て安心したようだった。
ようやく私の楽しい高校生活は今始まったのかもしれない。
鼻歌交じりに部室に向かう途中、スキップなんかしてみたりする。
今日は昨日より美風先輩に怒られないように気をつけなくちゃ。
「さん!」
突然、後ろから私を呼ぶ声が聞こえてきた。
反射的に振り返った私は目を瞬かせる。
私を呼び止めたのは、クラスは違うけれど同じ中学だった女の子と、もう一人知らない子。
あんまり面識がないはずだけど、どうして呼び止められたんだろう。
もしかして鼻歌とスキップがウザかったのだろうか。
「な、何ですか」
申し訳なく思いながら彼女達の顔色を窺ってみる。
特に怒っている様子はなかった。
同じ中学だった女の子が、眉を下げながらはにかむ。
「あのね、この子来栖くんのことが好きなんだけど…さんって来栖くんと仲がいいでしょ。
だから、よかったら色々相談に乗ってもらえたら助かるなーって思って」
翔ちゃんのことが好きという、その知らない女の子はじっと私のことを見つめていた。
流石だな、翔ちゃん。早速乙女のハートを鷲掴みしおったか。
もしかしたら翔ちゃんの彼女になるかもしれない子だ、仲良くしたいな。
「いいよ。相談にも乗るし、私に協力できることなら何でも言ってよ」
とん、と胸を叩きながら微笑むと、彼女たちの表情が明るくなる。
「じゃあ、早速聞いてもらってもいいかな?」
「え、今から?うん、いいよ」
今から部活に行く予定だったんだけどな。30分くらいなら遅刻しても大丈夫か。
でも、きっと美風先輩に小言を言われちゃうんだろうなぁって思ったら少し気分が沈んだ。
「ここじゃちょっと人目があって恥ずかしいから、ついてきてもらってもいい?」
翔ちゃんに恋してる女の子が私の手を引いた。
私が頷くのを確認すると、彼女たちは足早に移動を始めた。
体育館の裏にある、体育倉庫前までくると、ようやく彼女達の足が止まった。
確かに、ここなら人通りは少ないし、授業も終わったこの時間人が来ることはないだろう。
「それで、相談って言うのは…」
私が口を開と、二人はケラケラと笑い始めた。
私は何が何だかわからなくて「え?」と首を傾げる事しか出来ない。
「相談なんて嘘だよバーカ!あんたなんかに相談したところで何にもなんねーだろ!」
彼女達の目つきが変わり、明らかに私を侮蔑したような態度だった。
「…どういう、こと?」
「中学の時から目障りだったんだよ!いつも来栖くんにべったりしやがって!
お前のせいで来栖くんに振られたり告白できなかった女子が何人いると思ってんの?」
「それだけじゃない、最近は一ノ瀬にも媚売りやがって。ちょーむかつく」
ちょ、ちょっと待ってよ。
これって所謂修羅場ってやつ?
ていうか、翔ちゃんと私はただの幼馴染で一緒にいるのは別に深い意味はない!
それに、なっちゃんだって一緒だし!一ノ瀬くんは相談に乗ってもらっただけで…。
「い、いつも一緒にいるのは子供の頃からだし、翔ちゃんは幼馴染だから!
それ以上のことなんて何もないし!一ノ瀬くんだって…」
なんとか穏便に済ませようと必死に弁解をしてみるも、
彼女たちの怒りは収まるどころかヒートアップしていくようで。
翔ちゃんを好きだという子が倉庫の鍵をポケットから取り出し、乱暴に扉を開けた。
私は必死に抵抗するも、二人掛かりで倉庫に押し込めに掛かってくる。
一人での力では敵わず、私は倉庫の床に倒された。
「うるせーんだよ、男好き。てめーは一晩ここで反省してろ」
「待って…」
扉が閉められ、窓のない倉庫は真っ暗闇になった。
直後、施錠される音が響く。私は閉じ込められたのだ。
ヤバイ。かなりヤバイ。
きっと明日のどこぞのクラスの体育の授業まで出られない…。
「キャハハ、便所とかどーすんのぉ?」
「知らね、漏らしちゃえばぁ?」
そんなふざけた会話が外から聞こえたけれど、その声もだんだん遠ざかっていく。
漫画やドラマとかでこういうのを見たことはあったけれど、
まさか自分がこんな目に遭うなんて思ってもみなかった。
とりあえず、助けを呼ばなきゃ…。
「誰か!」
躊躇いながら、声を出して扉を叩いてみるも、反応はない。
こんな小さな声じゃ聞こえるわけないよね。
恥ずかしがってたら、きっと誰も気付いてくれないで本当に朝までここで過ごす事になってしまう…
そんなのごめんだ。
「誰かいませんか!?助けてください!」
先程よりも大きな声で、恥じらいを捨てて声を出す。
それでも、反応はない。
元来人通りの少ない場所な上に、厚い扉…助かるわけがないよね。
暗くて何も見えないし、何で私がこんな理不尽な目に遭うんだって思ったら涙が出てきた。
運悪く、鞄は教室に置いてきちゃったし今日に限って携帯は鞄に入れっぱなしだし。打つ手無しだよ。
折角、美風先輩に嫌われてないってわかったのに、
ここで部活に行かなかったら今度こそ本当に嫌われちゃう。
「美風先輩、助けて…」
無意識に呟いた言葉に、私は目を丸くした。
いやいや、何で美風先輩に助け求めちゃってるんだろう。
美風先輩が助けに来てくれるわけがないのに。
絶望的なこの状況に、私はただ泣くことしかできなかった。
どれくらい時間が経ったのか、いつの間にか寝てしまっていた私は扉の開く音で目を覚ました。
「やっぱりここにいた」
声と共に、光が射す。
明るさに目が慣れてきて、ようやく扉を空けてくれた人の顔を確認することが出来た。
私は驚愕のあまり目を見開く。
「美風先輩…!」
まさかの、美風先輩だ。
美風先輩は後光を射しながら私に手を差し伸べてくれる。
「なかなか来ないから、教室に迎えに行ったんだよ。
そしたらの荷物はゴミ箱に入れられてるし…もしかしてと思って来てみたら本当にいるとはね」
「みがぜぜんばい…っ」
私は美風先輩の手を掴みながら立ち上がった。
美風先輩は私の顔を見て、眉間に皺を寄せた。
「目、真っ赤だよ。声も枯れてる」
安心してぼろぼろ溢れ出る涙。
こんなみっともない姿を美風先輩に見られて恥ずかしいのと、
助けに来てくれた嬉しさでごちゃごちゃした気持ちだ。
「来てくれて…っ、ありがとう、ございます…!」
嗚咽が混じりながらもお礼を言うと、美風先輩はおかしそうに笑った。
「変な顔」
そう言いながらも美風先輩は私の頭をくしゃりと撫でてくれた。
今まで苦手だとか思っていたけれど、本当は凄く優しいじゃないか。
きっと、不器用なだけなんだなって、今更わかったよ。
そして、美風先輩は私にとって王子様だ!と認識を改めた。
執筆:12年05月31日