体育倉庫事件以来、私は美風先輩を目で追うことが多くなった。
今まで憂鬱だった部活の時間が一変して一日で一番幸せな時間になったし、
美風先輩に叱られている時でさえなんだか幸せを感じている。
そんな自分自身が本当に気持ち悪いくらいに不気味だわ…。
これはもしかして…と思い、美風先輩がいない隙に翔ちゃん達に相談してみることにした。

「それは恋です!」

春ちゃんが目の色を変えてずいっと顔を近づけてきた。
うおお、いつもは大人しい春ちゃんがこんなに積極的に、きっぱりと断言してくるなんて。
やっぱりこれは恋だったのか…!
翔ちゃんとなっちゃんは驚愕の表情を浮かべていた。
特に、翔ちゃんなんて顔を真っ青にしている。
そうだろうそうだろう、まさかこの私が生まれて初めて恋をしちゃったのだから。
しかも…その相手があの美風先輩ときた。彼に恋しちゃうなんて、私はドMなのか。

「何で、よりにもよって藍なんだよ…」

翔ちゃんが目を細めながら呟いた。
あんなに美風先輩のことを嫌っていたのに、この手の返しようだもんね。
翔ちゃんが納得いかないのもわかるけれど、好きになってしまったのだから仕方ないじゃないか。

「私だってビックリだよ?昨日なんてこれが恋だと認めたくなくてなかなか眠れなかったんだから」

「そーかよ…」

私から目を背ける翔ちゃんは心なしか元気がないように見えた。
えっと、翔ちゃんどうしちゃったんだろ。

「翔ちゃん、大丈夫?」

「な、うるせーぞ那月!黙ってろ!俺は全然平気だ!」

なっちゃんが心配そうに声を掛けるも、翔ちゃんはなっちゃんの声を遮るように大声を上げた。
そしてちらっと私の方を見て、ため息を吐く。
な、なんなの…私が美風先輩を好きになったことが気に入らないのかな。

「あの、やっぱりさんが遅れてきた日に美風先輩と何があったんですか?」

春ちゃんが興味津々といった様子で問いかける。
うーむ、これは話しちゃっても大丈夫…なのかな。
体育倉庫に閉じ込められて美風先輩に助けられた後普通に部活に出たけれど、
美風先輩はみんなに何も言わずに黙っててくれたから私もあえて皆には話さなかったんだけど。
ああ、でも美風先輩のあのカッコよさは誰かに伝えたいと思ってたから話しちゃってもいいかな。

「うん、私、体育倉庫に閉じ込められちゃったんだけどね」

「閉じ込められた!?誰にだよ!」

先程までしょげていた翔ちゃんが食いついてきた。
まさか翔ちゃんを前にして、翔ちゃんのことを好きな女にだよ、だなんて言えるわけない。

「だ…誰に、なんてどうでもいいよ。それより美風先輩がカッコ良くてね、
私を助けに来てくれたあの瞬間、後光差してたし本当に天使?神様?いや、王子様かと思ったよ」

えへへとだらしなく笑う私に、春ちゃんとなっちゃんは楽しそうに聞いてくれてたけど、
翔ちゃんだけは冷めていた。
む、どうやら翔ちゃんは私の初恋を祝福してくれたりとかはないらしい。

「ふーん、で?」

で?と聞かれても…何も考えてなかった。
とりあえず…

「美風先輩に告白する!」

「アホかーー!!よく考えろ、藍に対して恋だと思ってるそれは錯覚じゃないのか?
ちょっとカッコいいとこ見せられて驚いただけじゃないのか?
大体、つい最近まで不仲だったのにいきなり告白とかおかしいだろ!」

私の答えに、翔ちゃんがものすごい勢いでツッコんできた。
な、なんだよう。翔ちゃんはそんなに私の恋心を否定したいのか。
頬を膨らませて翔ちゃんを睨むと、なっちゃんと春ちゃんは顔を見合わせて苦笑した。

「そうですねぇ、ちゃんが告白しても、あいちゃんがいいお返事をくれるかもわからないし…」

「まずは、もう少し仲良くなってみてはどうでしょう!」

二人からそんな助言をもらい、私はゴクリと生唾を飲みこんだ。
そうだよね、まずは仲良くなってからじゃないと告白したところで意味がないよね。
だけど、美風先輩と仲良くなるなんて、どれだけ難易度が高いことか。

「わ、わかった…で、具体的にどうすれば…」

「下の名前で呼んでみる、とか?僕もあいちゃんをあいちゃんって呼んだら喜んでくれてましたし」

なっちゃんがにこにこ笑いながらどうですか?と問いかけてくる。
いやいや、私の記憶が正しければ美風先輩は喜んだんじゃなくて怒ってたと思うんだけど。
でも、下の名前で呼ぶのはなんだか親密な感じがしていいよなぁ。

「藍、さん…か」

口にしてみると、なんだか照れる。
丁度そのとき、美風先輩が部室に戻ってきて、私の心臓が飛び跳ねた。

「何してるの、そろそろ始めるよ」

美風先輩は私の前に立ち、楽譜を渡してくれた。
楽譜には『用』って書かれていて、更に要点を書かれた付箋がびっしりと貼られている。
…そういえば、美風先輩は私のこと名前で呼んでくれてるんだよなぁ。

「あ、藍先輩!」

「……何?」

思い切って下の名前で呼んでみると、美風先輩は一瞬眉をぴくりと動かした。
名前を呼んでみたものの、別に用事はなかったことに思いっきり後悔した。
とりあえず、何か言わなきゃ。でも何を…ああそうだ、挨拶でいいや!

「あ、あの…ご指導よろしくお願いします!!」

「いい心掛けだね。それで、どういう心境の変化?」

それは名前で呼ばれたことを言っているのか、挨拶をしたことを言っているのか。
迷ったけれど、私は自分の思っていることを正直に伝えることにした。

「ご、ごめんなさい。美風先輩と仲良くなりたくて」

「藍」

「…え?」

美風先輩が、自分の名前を言うから意味がわからなくて私は素っ頓狂な声を上げてしまった。
すると一瞬美風先輩が一瞬不敵に微笑んで

「藍でいいよ」

確かにそう言ってくれた。
ずるい、今のは反則でしょ…そんな笑みを浮かべられたらドキっとしないわけがない。

「はいっ、藍先輩!」

ドキドキする心臓を押さえ込むように胸に手を当てながら私は微笑んだ。
やっぱり私は藍先輩に恋をしてしまったようだ。


執筆:12年05月31日