さわやかな初夏の日差しの下、私と翔ちゃんとなっちゃんは屋上でいつものようにお昼ご飯を食べていた。
高校生になって新しい友達は出来た。
だけどお昼はいつもこのメンバーで、たまに春ちゃんが来てくれたりする時もある。
合唱部で唯一、一緒にお昼を一緒に食べた事がないのが…藍先輩。
今この場に藍先輩がいたらなぁ。藍先輩をお昼に誘ってみたい。でも迷惑じゃないだろうか。
「ちゃん、ソワソワしてますねぇ」
「どうせ藍のことでも考えてたんだろ」
なっちゃんの言葉に翔ちゃんが呆れ顔で答えた。
「えっ、翔ちゃん何でわかった!?さては読心術を心得ているな!?」
「お前がわかりやすいからだよ。つか、何年一緒にいると思ってるんだ」
ええと、確か翔ちゃんと初めて出会ったのは幼稚園。
なっちゃんと翔ちゃんが楽しそうにおいかけっこしてるところに私も入れてもらったのがきっかけだ。
…そう考えると私達って本当に付き合いが長いよね。
「ちゃん、あいちゃんと最近仲良しですよね。こないだも翔ちゃんを放って二人で声出ししてたり」
「ほんと、間に入るなってが目で脅してくるから最悪だぜ」
翔ちゃんが眉間に皺を寄せながら私を睨みつけてくる。
…そ、そんなこともあったかなぁ。
「えへへ、藍先輩に指導してもらってるときは真剣にやらなきゃだし!ああもう、藍先輩大好き!」
てへぺろ、と誤魔化してみるも翔ちゃんの反応は冷たかった。
「うるせーよ。黙ってさっさと飯食え」
「む、最近翔ちゃん冷たくない?」
藍先輩を好きだってこと、そんなにいけないのかな…。
確かに、幼馴染が他の人のことばかり気にしてれば面白くは無いかもしれないけれど。
私は翔ちゃんに好きな人が出来たら…応援できると思う。多分。
「翔ちゃんは、ちゃんがあいちゃんのことばかり言うから面白くないんですよぉ」
「バカ!余計なこと言うな!てゆーか、アレだ!ちょっと前まで藍のこと嫌ってたくせに手のひら返しやがって…だから納得いかねーだけだよ。お前がへこんでた時どんだけ心配したと思ってんだよ」
確かに、藍先輩と上手くいってなかった時はものすごく心配かけたけど!
でもそれはもう過去の事じゃないか。翔ちゃんめ、どんだけ執念深いのよ。
「ちくしょう!パパがこの恋を許してくれないから反抗してやる!」
私はフェンスにしがみつき、思いっきり声を上げた。
「あーいせんぱーい!だーー…………ぬぉぉお!?」
藍先輩大好き。
そう言いかけてふと下を見ると、藍先輩の姿を発見した。
私は慌てて言葉を切り、後退りをし、それを見ていたなっちゃんと翔ちゃんがお互いに顔を見合った後、首を傾げる。
「どうしたんですか?ちゃん」
「うひゃあ!やばい、私今リアル未成年の主張するとこだった!危なっ!!」
「何言ってるかわかんねーよ…」
「藍先輩が、藍先輩が下におった!気付かないで叫んでたら告白しちゃってたわ!!」
危うく本人の前で大告白をしてしまいそうになった危機感に興奮が収まらない。
心臓がドクドクいってる。ああ、本当に危なかった…!!
しかし、私の言いたいことが二人に上手く伝わらなかったようだ。
なっちゃんは私がいたフェンスから下を覗き込む。
「おい、そっちの下って校舎裏だろ?何で藍がそんなとこにいるんだよ」
「ほんとだ!翔ちゃん、あいちゃんが下にいますよぉ。あれ?あと、知らない女の子もいます」
女の子…だと?
「なんだって!?」
聞き捨てならないなっちゃんの言葉。
私はすぐさまフェンスをガッと掴んで下を覗いた。
知らない子と二人でお弁当を広げている藍先輩。
表情はここからじゃよく見えないからわからないけれど、微かに聞こえてくる女の子の楽しそうな声。
「ありゃあ、彼女じゃねーの?」
隣から聞こえてきた翔ちゃんの言葉に私の胸がぐっと締め付けられる。
彼女…。
そうだよね、あんなにステキな藍先輩に彼女がいない方がおかしいんだ。
そう考えたら、なんだか急に悲しくなってきた。
「まだ、そうと決まったわけじゃ…」
私を心配してくれるなっちゃん。
「…うん、藍先輩かっこいいもん。私以外にも藍先輩を好きな子なんてたくさんいるだろうし、藍先輩に彼女がいてもおかしくないよ」
私なんてただの凡人だし、合唱部で一緒になる以外特に共通点も何も無い。
後輩だから、多くの時間を藍先輩と過ごせるクラスメイトと比べたら確実に不利だし。
「ちゃん…」
「はぁ、早くも失恋かぁ」
告白すらしていないのに失恋とか惨めだ。
告白したところで、藍先輩とは付き合いが短いしOKを貰える確率も限りなく0に近いんだけれどね。
これからどうしよう。合唱部に出入りするのも憂鬱だ。このまま辞めてしまおうか、むしろ登校拒否してしまおうか。
ああもう泣きそう。泣く。
フェンスから離れて、ペタリとその場に座り込む。
空を仰げばぼろぼろと涙が溢れてきて、もうどうしようもなかった。
さようなら、私の青い春。
「おい、…このまま諦めるのか?」
「翔ちゃん…?」
翔ちゃんが私の前でしゃがみ、じっと私を見つめる。
「藍のこと、好きなんだろ?那月の言う通り、まだあいつが藍の彼女だって決まったわけじゃねーじゃん」
あれ、どうして翔ちゃんが慰めてくれてるの?
だって、翔ちゃんは私が藍先輩を好きなの、快く思ってくれてなかったはずなのに。
「…翔ちゃん、私が藍先輩を好きなのは不服だったんじゃなかったの?」
「お前の泣きっ面見てたらどうでもよくなったんだっつーの!しょーがねーから、俺たちが応援してやるよ、な?那月!」
「はい!ちゃんには幸せになってほしいです!」
翔ちゃんが笑顔で「だから泣き止めよ」って言って私の頭をくしゃくしゃと撫でる。
そう、だよね。藍先輩本人から彼女がいるなんて話は聞いたことないし、私の勘違いかもしれない。
「わかった、頑張ってみる!」
涙を手の甲で拭って、鼻水をすする。
よし、今日から改めて藍先輩攻略頑張ろう!
「何を頑張るのさ?」
一瞬、その場の空気が固まった気がした。
翔ちゃんとなっちゃんも「えっ?」って顔をしてる。
聞き覚えのある声がした方に恐る恐る視線を向けると…
「のひゃあああ!?藍先輩!?」
そこにいるはずのない藍先輩が立っていて、私たちは驚愕した。
「何驚いてるの?さっき、ここからボクを呼んだでしょ」
「あっ、あれ、聞こえてたんですか!?…うええええええぇぇええ!?」
まさかさっきの大告白未遂の声が聞こえていたなんて。
あのまま気づかずに「大好き」とまで言っていたら今私は確実に死んでいただろう。
「まあね。で、何か用なの?」
「い、いや、これといって用事は…えっと、ただ藍先輩を見かけたから、かなぁ?」
用事なんてありません。でも、今ここで会えたことは素直に嬉しいです。
でも心臓に悪い登場の仕方をされて心拍数が大変な事になってます。
挙動不審な私たちを見回して、藍先輩は不審に思ったのか目を細めた。
これはやばい。
「ふーん、でも助かったよ。が呼んでくれたから逃げる口実ができた」
藍先輩は特に追求することなく、ふっと微笑んだ。
「逃げるって?さっき一緒にいた奴は彼女じゃねーのかよ」
翔ちゃんが尋ねると、藍先輩がこくりと頷く。
「言いたいことがあるからって、校舎裏に呼び出されただけだよ。そしたら手作り弁当広げて、告白された…それだけさ」
「か、彼女じゃなかったんですね!」
あの人は彼女ではなかった。
それがわかっただけで私の心が躍る。
つまり、まだ私にもチャンスがあるということ。
「女子力を見せつけてからの告白という作戦のつもりだったんだろうけど、いい迷惑だよ。おかげで昼食をとり損ねたし」
藍先輩は心底嫌そうな顔をして吐き捨てるように言った。
「あはは…ボロクソ言いますね」
もしかして、私も下手に作戦を考えて告白したら藍先輩はこんな顔をして別の誰かに愚痴るのだろうか。
しかも告白の作戦を分析されちゃうところが恐ろしい。
どうしよう、藍先輩に告白する時は下手なことを考えないで正攻法で攻めるべきなのか。
「それより、のお弁当、分けてもらってもいい?」
藍先輩が私の食べかけのお弁当を指差す。
あ、そういえばまだお昼途中だったんだ!
「え…あ、あの!どうぞ!食べかけですけど…」
お弁当を持って、藍先輩に差し出す。
すると藍先輩が可笑しそうにぷっと吹き出した。
「冷凍食品詰めただけってところがいかにもらしいよね」
そう言って藍先輩は私のお弁当箱から肉巻きポテトをひとつつまむ。
無言のまま翔ちゃんとなっちゃんを見れば二人は笑いをこらえていた。
明日からはちゃんと料理をしようと、思いました。
執筆:12年11月15日