夏休みになった。
蝉の声があたりに響き渡り、どこかに遊びに行くのだろう子ども達の元気な声も聞こえてくる。
数年前は私もあんな風に翔ちゃんとなっちゃんと、
今は超進学校の寮にいる翔ちゃんの双子の弟の薫くんとはしゃいでいたっけ。
カブトムシやクワガタを捕まえたり、薫くんに宿題を写させてもらうために
来栖家の玄関前になっちゃんと一緒に正座したり。なんだかとても毎日が充実してた。
輝いてた。楽しかった。

しかし、今の私はどうだろう。
昼前に起床し、カーテンを閉めたままの薄暗い部屋でゲームを始める。
ちなみに今着ている服は昨日着ていた服だ…風呂に入らずそのまま寝たのである。
ああ、鬱だ…。
別に今日は誰かと会う約束なんてしてないし、いいよね。
…いや、よくない。
こんな怠惰な生活、間違っている。
だがしかし、今の私にはこの生活がお似合いだわぁ、あははは!…と思う。

そう、藍先輩にフラれたのだから。

「ははっ、人生薔薇色ー!!!」

「お前、それのどこが薔薇色なんだよ!っつーか、きったねーなこの部屋!」

突然後ろから声がして、私は驚愕した。思わずかじっていたじゃがりこを吹いてしまう。

「しょ、翔ちゃん!?」

ちゃん、生きてる?」

翔ちゃんの後ろからなっちゃんが顔を出す。うおお、二人して何だ、何しにきやがった。

「なっちゃんまで!生きてるよ!生きるのつらいけど、生きてるよ!」

幼なじみとはいえ、年頃の異性の部屋にノック無しで入ってくるとはどういうことか。
いや、私も二人の部屋にノック無しで入るけど…そうか、そりゃ二人だってノック無しで入ってくるよね。
よし、今後はちゃんとノックしてから入ろう。

「それで、二人はこの引きこもりニートに何の用かね?」

「引きこもりって…いや、今日部活だろ。行かねーのかよ」

翔ちゃんが呆れ顔で壁にもたれかかった。
なっちゃんは私のペンギンのぬいぐるみ、ぺんちゃんに話し掛けている。
…はあん?部活に行ってどうするの?
元々私はただ藍先輩に無理矢理入部させられただけだし、歌が好きだから部活に行ってたわけじゃない。
動機は不純だけど、藍先輩に会えるから行ってたのに。

「行けると思ってるの?藍先輩に会わせる顔ないよ!
あの時、藍先輩だってあの時私が起きてることに気付いていたんでしょ!?きっとそうだ、そうに違いない」

翔ちゃんが気付いてたんだもん、藍先輩だって、きっと…。
むしろ、藍先輩があの場であの話をしたのは私に諦めさせるためだったのかもしれない。

藍先輩は、私の気持ちが邪魔なんだ。

「でも、ちゃんはまだあいちゃんに直接気持ちを伝えていません」

ぺんちゃんを抱き締めながら、なっちゃんが呟いた。

「なっちゃん、今あたしが藍先輩に気持ちを伝えたところで結果はわかってるんだよ?
それでも告白しろっていうの?」

「違うよ、ちゃん。告白するのは今じゃなくて、
もっとあいちゃんにちゃんのことを知ってもらってから告白すればいいと思うんです」

「…というと?」

なっちゃんと翔ちゃんが顔を見合わせて笑った。
そして、二人は私の頭をわしゃわしゃと撫で回す。

「要は、諦めんなってことだろ。俺も同感だ。
今は藍のやつはお前に興味ねぇみてーだけど、これから興味持たせればいいんだろ」

「そんなこと、できるわけ…ないし」

乱れていた髪が更に乱れた。
藍先輩に興味を持ってもらうなんてできっこない。
私は特別可愛いわけでもないし勉強もできない。
こんなにもだらしないし、ヘタレだし。
いいとこなんて、一つもないのにどうやって藍先輩に興味を持たせるというの。
むしろ、今まで藍先輩にアピールしまくってた意味が、我ながらわからない。
本当に何も考えてなかったと思う。
よく考えたら私、藍先輩と釣り合ってないじゃん。

「俺は、藍を好きになったお前はすっげー可愛くなったと思う。
自信持てよ、お前には悪いところもあるけど、いいところだって沢山あるんだぜ!」

「翔ちゃん…」

翔ちゃんの思う私の悪いところって何だ。
それが気になったけれど、あえて聞かないでおこう。
…そうだよね、翔ちゃんはこんな私のこと好きになってくれたんだもんね。
私が卑屈になったら翔ちゃんに失礼じゃないか。

「もう一回頑張ろう、ちゃん!」

「失恋が何だ!俺なんて失恋したどころか応援してんだぞ!」

「そうだね…私、諦めないで頑張ってみる!ありがとう、二人とも!」

私はまだ何も頑張ってない。私のことを知ってもらうどころか、私だって藍先輩のことをまだよく知らない。
嫌われたわけじゃない。まだ、頑張れるよ。
ここからが、スタートだ。



執筆:13年5月23日