あれから私は身支度を整えて登校し、なんとか勇気を出して部活に出てみた。
ここに来るまで何度もくじけそうになったので、翔ちゃんとなっちゃんにぐいぐい引っ張られて、最終的にはなっちゃんに捕獲されて抱えられてきた。それはもう道中滅茶苦茶恥ずかしかった。こんちくしょう。
「うーっす」
「おはようございます」
翔ちゃんとなっちゃんはいつものように部室に入っていく。
お、お前らなんでそんな簡単にその中に入っていけるんだ!これ、何かの結界張られてんじゃないの!?って思うほど私の足はなかなか一歩を踏み出せない。
「おはようございます、翔、四ノ宮さん」
「おはようございます!」
部室の中から一ノ瀬くんと春ちゃんの声が聞こえてきた。二人ももう来てたんだね。
「おはよう」
そして、聞こえてきた藍先輩の声。
うう、愛しい、愛しいです藍先輩!!
意を決して部室に入った途端藍先輩が視界に飛び込んできて、心臓が止まるかと思った。
「おはようございます!藍先輩!」
「おはよう、」
藍先輩に会ったらきっと私は一目散に逃げ出すかもしれないと思っていたのだけれど、普通に挨拶できから驚きだ。藍先輩もいつものように返してくれる。
ああ、藍先輩やっぱりカッコいい!好き!
私ってなんて単純なんだろう、藍先輩に会うのがあんなに怖かったのに、そのお姿を見ただけでずっと側にいたいって思っちゃうんだもの。
藍先輩への気持ちを再確認していると、背後に気配を感じた。
「おはようございます、さん。今日の髪型、お似合いですね」
一ノ瀬くんだ。
なん、だと…!?この人あたしがこっそりと髪型変えたことに気づきやがった!でもそれ、藍先輩に言われたかった!藍先輩なら、気付いても黙ってそうだけど。実際気付いてくれてたのかもしれない。やっぱり藍先輩の反応が欲しい。
「お…おはよう、一ノ瀬くん。夏だから結ってみたんだ。えへへー!」
チラリと藍先輩を盗み見てみるものの、全くこちらに関心を示していない。そんなに私のことはどうでもいいんですね!よくわかった!だがしかし私はめげない!
「涼しげでいいですね」
一ノ瀬くんが微笑んだ。
だからー!おめーに言われたいんじゃねーよ!
一ノ瀬くんに申し訳ないけど、心の中で八つ当たる。ごめんね一ノ瀬くん。ほんとごめん。私って最低のクズヤローだ。
「あはは、めっちゃ涼しいよ。一ノ瀬くんも結ってみればいいよ」
テキトーに言葉を返して鞄から楽譜を取り出す作業に入った。違う、違うんだ。今私は一ノ瀬くんとコミュニケーションとってる場合じゃないんだよ。藍先輩にアプローチかけなきゃいけないんだよ。
翔ちゃんとなっちゃんの視線を感じる。何やってんだよ、お話しする相手が違うだろという視線が刺さる気がする。すいません、次こそちゃんとやりますんで。
「あの、藍せんぱ…」
「さん、この曲なのですが」
……っんだよ一ノ瀬くううううん!!!邪魔しないで頂けませんかねぇぇぇ!?
楽譜を指差して何やら話し始める一ノ瀬くんに私は作り笑いをしながら相槌をうつ。
ねぇねぇ、一ノ瀬くん、今私の頭の中何色だと思う?答えはなぁ、藍色なんだよぉぉおお!!藍先輩のことでいっぱいなんだよぉぉおおお!!?
…なんて本人に直接言える筈もなく、私の視線は宙を彷徨っていた。先生ー、今日の一ノ瀬くんおかしいです。
その時、一瞬藍先輩と目があった、気がした。
でも藍先輩はすぐに視線を逸らして、一人でぽつんと窓側の席に行ってしまった。
「…………」
なんだろう。藍先輩、疲れてる?いつも必要以上に話さない人だけど、今日はなんだか異様に口数が少ない気がする。
「さん?」
藍先輩のことが気になりすぎて一ノ瀬くんの話の内容が頭に入ってこない。ごめんね一ノ瀬くん。隣の席のよしみで話し掛けてくれてるのか、テスト勉強した仲だからかよくわからないけど、今は私に構わなくていいから!とにかく私は藍先輩が心配なんだってばよ!
「い、一ノ瀬さん!よかったらこの小節の歌い方を教えてくれませんか?」
私がギリギリと歯軋りをしていると、春ちゃんが顔を真っ赤にしながら一ノ瀬くんに楽譜を差し出した。一ノ瀬くんはきょとんとしながら春ちゃんを見つめる。
「しかし今私はさんと…」
「…おっ、お願いします!今じゃなきゃダメなんです!一ノ瀬さんじゃないとダメなんです!」
必死に私を背に庇いながら一ノ瀬くんに立ち向かう春ちゃん。
え、春ちゃん一体どうした?って思っていると、春ちゃんは後ろ手に可愛らしいメモを一ノ瀬くんに見えないように私に差し出した。
『一ノ瀬さんはわたしが引き受けます』
なるほど、彼女は私を助けてくれたんだ。
やばい、どうしよう、かっこよすぎる!春ちゃんに惚れそう…!
翔ちゃんとなっちゃんを見れば、二人はにこやかに親指を上に突き立てていた。
…お前ら、春ちゃんに何させてんだよ。お前らが助けろよ。
…というツッコミを胸にしまい、私は少し離れたところで楽譜をぼんやりと眺めている藍先輩に話しかけた。
「藍先輩、大丈夫ですか?」
「なんのこと?」
藍先輩は私に目を向けることなく楽譜を見たままだった。
「…なんだか、いつもより覇気がありません」
私の言葉に藍先輩が「はぁ」とため息をつく。
うっ、やっぱり私は藍先輩にうざがられてるのかな。しかし、屈しないぞ!諦めない!
拳を握りながら藍先輩の言葉を待つ。しばらくして、藍先輩はやっと私を見てくれて、そして苦笑いをした。
「隠してたつもりだったんだけど、結構鋭いね、」
「それは、いつも藍先輩のことを見てますから。私、諦めませんので」
「…そう」
少し大胆なことを言っても、動じない藍先輩。
やっぱり、あの時保健室で狸寝入りしてると知った上であんな話をしたとしか思えない。
だけど今はそんなことよりも藍先輩の体調だ。よく見ると、隈ができてる。ちゃんと寝てないのかな。その原因って私が関係しているのかな…?
「それより、保健室に行った方がいいんじゃないですか?」
「平気。ただの寝不足だよ」
「でも、藍先輩が倒れちゃったら嫌です!私、心配で死ぬかもしれません!さっきも一ノ瀬くんと話してたのに、藍先輩のことが気になってしょうがなくて!」
「はぁ…そんなに言うんなら、昼休憩の時に膝枕してよ」
藍先輩が真っ直ぐに私を見つめる。
「ひ、膝枕…!?」
どうして、藍先輩は私にそんなことを望むのか。これはもう、自惚れてもいいってことなの?でも、そうだとしたら保健室での一件は何だったというの。
藍先輩、貴方の考えていることがわからないです。
「ボクのこと、好きならそれくらいできるよね?」
「は、はい!!」
それでも嬉々として返事をしてしまうあたり、私は藍先輩にべた惚れなんだなぁって思う。
藍先輩に遊ばれてるだけなのだろうか。
今は、それでもいい。ただ側にいたいのです。
執筆:13年8月?