「帰さないよ」

音楽室から逃げ出してしまえ…そう思って後退りをした瞬間、毒舌天使が私の腕を掴んだ。
無表情ではあるけれど、どことなくムッとしているようにも見える。
うわあああ何、何なのこれは!まだ怒ってるの!?
捕まれている腕がギリギリと地味に痛む。

「今朝のことは謝りましたよ!?まだ根に持ってるんですか!」

「別に根に持ってるわけじゃないよ。ただ、キミたち合唱部の見学に来たんでしょ?」

「そうですけど…」

「じゃあ、入部して。ボクは2年の美風藍、一応部長をやってるよ。よろしく」

なんて横暴なんだ…。
まだ見学させてもらってもいないのにいきなり入部だなんて。
美風先輩はYESと言うまで放してくれそうになくて、翔ちゃんも驚いた様子で私たちを見ている。

「いや、まずは見学してから…」

とりあえず、見学だけでもさせてもらおう。
私の答えに美風先輩はふぅ…とため息をついた。
そして、一瞬ニヤリと笑ったのを、私は見逃さなかった。

「明るいうちから人目のある場所で、ボクを押し倒して上に乗ってきたんだからさ…責任とってよ」

事実ではあるけれど、勘違いされそうな言い回しをされた。

「何!?お前そんなことしたのか!!」

「翔ちゃん違っ…!!あのっ、誤解を招く言い方しないで下さい!」

軽蔑の眼差しを送ってくる翔ちゃん。
私は必死に首を横に振り、美風先輩を睨みつける。
くそう、こんな純真無垢な乙女を捕まえて変態扱いしやがって…許せぬ。

「合唱部は今年の部員はボクだけ。だからあと3人入ってくれないと廃部なんだよ。
キミはもちろん入ってくれるよね?」

「ああ、俺は入ってもいいぜ。元々そのつもりでここにきたんだからな」

美風先輩が翔ちゃんに問い掛けると、翔ちゃんはあっさりと縦に頷いた。
この裏切り者めっ!翔ちゃんのバカ!!
はあ、翔ちゃんが入るなら、私も…って、美風先輩が合唱部じゃなかったら喜んで頷いてたのに。

「わ、私は…」

これからこの人と毎日顔を合わせることになるんだったら、ちょっとなぁ。

「あっ、翔ちゃんとちゃん見ーっけ!」

「那月!」

そこへ現れたなっちゃん。
そうだ、なっちゃんが入るなら私も入ろう。
なっちゃんは入学前、手芸部に入りたいって言ってたしね!
なっちゃんが拒否したら、私も便乗という形になって拒否しやすい。

「キミも入部希望者?彼…ショウは入部が決定したんだけど」

「そうなんですか?じゃあ、僕も入部します!わーい、翔ちゃんと一緒ですよ!」

「うわっ、バカやめろ抱きつくな那月!」

あっさりと落ちたなっちゃん。
美風先輩の話術にハマりやがって…!
なっちゃんと翔ちゃんがじゃれているのを冷ややかに見た後、美風先輩は私を見て口の端を上げた。

「…だってさ。もちろんキミも入部するよね?″ちゃん″」

もうやだ、美風先輩マジで苦手…!
まるで心を読まれたみたいだよ。
仕方ない…最後の望みも絶たれたし、腹を決めますか。

「入部、します…」

私が力なく頷くと、美風先輩は満足げに微笑んだ。



執筆:12年05月31日